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内容的には、「共同体主義(コミュニタリアニズム)から根本仏教(ラディカル・ブディズム)へ」という道筋を明記した結果、本書は、著者の思想的「本丸」の在り処を端的に指し示すものとなっている。(中略) |
かつて宮崎哲弥は『正義の見方』のあとがきで「私は、人間の実質倫理の基礎となるのは、家族や近隣関係、地域コミュニティ、ギルドのような職能集団などの自然発生的な共同体であると確信している」と書き、共同体主義者(コミュニタリアン)の立場を明らかにしていた。
だが近作『「自分の時代」の終わり』では、昨日の日記に引用したとおり、それを「方便」であるとして切り捨てている(「切り捨てている」は言い過ぎであるにせよ、少なくとも、それを自明のものとは見做していない)。 10月の「朝まで生テレビ」『激論! 「戦争論」と日本』にパネリストの1人として出演したとき、「自由主義史観・保守論客・よしりん支持者」たちのサイトである日本ちゃちゃちゃクラブの日本茶掲示板で、宮崎は松井やよりの次くらいに(辻元清美と同程度に?)槍玉にあげられていた。宮崎の不規則発言は単なる茶化しである、宮崎の態度には真摯さが欠けている、云々(要するに内容のない批判である)。 『「自分の時代」の終わり』は「ラディカル・ブディズム宣言」という短い論考で締め括られている。僕もいつか「ムキンポ・ブディズム宣言」を明らかにしたいと思う(かつてブータンであるリンポチェから Jampel Lho Dey という法名をもらったことがある。因みに宮崎は「密教にだけはついに親しむことはなかった」と語っている)。僕が若手保守と見做されてきた宮崎に親近感を抱いていたのには理由があったわけである。 |
新宿2丁目はゲイの街である。僕の実家はそこから歩いて数百メートルのところにある。僕は子どもの頃からホモやオカマに囲まれて成長してきた。今でも商売上で彼らにはいろいろとお世話になっている。僕は彼らが好きである。正直なことを言えば、マッチョなホモよりかフェミニンなオカマの方が僕とは相性がいいようだ。もし来世があって、今度は女性に生まれてきたとしたなら、僕は間違いなくレズビアンになるつもりだ。うひゃひゃ、文句あるか? |
12月7日の日記を読んだある人から次のような意見をもらった。新宿二丁目がゲイにとってある種の「解放区」であって、彼らが彼らでいられる数少ない貴重な場所であることは確かでしょう。 しかしあそこはあくまで、「お祭りの場」であるということを考慮しなければ、 彼らの本当の姿は見えてこないと思います。考えてみれば、僕が日常よく知っているゲイの人たちというのは、新宿2丁目や六本木あたりのゲイ・バーで働いているような、すでにカミング・アウトした人たちである。あるいはおすぎとピーコのような文化人や芸能人をメディアをとおして間接的に知っているに過ぎない。普段、素顔を隠して生きている(生きざるを得ない)ゲイの人たちの困難について僕は何一つ知らないのだった。 |
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