犬鍋革命成就 !! 土人酋長制粉砕 !!


天声人語 (1999年7月26日)

 24日の土用の丑(うし)の日が過ぎ、酷暑が本格化する気配だ。この季節、韓国にも似たような節日があって、「三伏(サムボッ)」という。

 夏至から数えて3度目の庚(かのえ)の日を「初伏(チョボッ)」、4度目を「中伏(チュンボッ)」、立秋の後の最初の庚の日を「末伏(マルボッ)」といい、あわせて「三伏」だ。今年はそれぞれ7月17日、27日、8月16日にあたる。私たちは丑の日にウナギを食べて夏バテ防止をはかるけれど、隣国の庶民は三伏に犬の肉を食べてスタミナ源とする習慣がある。普通の日本人には驚く向きが多いだろうが、これもまた伝統の食文化だ。

 李盛雨(イソンウ)著『韓国料理文化史』(平凡社)によると、〈暑さで衰弱した体は、熱い性質の犬肉を食べることによって、すなわち『以熱治熱(イヨルチヨル)』の原理で、万病が退く〉。陰陽五行思想に基づく、理にかなった栄養食ということらしい。韓国内でも、残酷だ、外国に野蛮と見られる、といった論争がかまびすしいそうだが、長年の味覚は容易には廃れない。

 最近の東京には、いわゆる焼き肉だけでない多彩な韓国料理店が増えたけれど、さすがに犬肉を表看板に掲げている店は見かけない。それでも需要のあるところ、供給がある。ある熱帯夜、友人がふらりと入った家庭的な店で、すすめられるままに対面したという。

 まず蒸し肉が出た。一見、牛肉と大差はない。トウガラシ、ニンニク、エゴマの実の粉を混ぜたタレにつけてほおばる。柔らかい。淡泊。主役はなべで、「補身湯(ポシンタン)」という。辛くてコクのあるスープを飲むと、頭や、目の周囲から汗が噴き出した。

 年中あるものなのに、やはり土用のウナギは格別だと思えるのが、食文化の不思議だ。同じ感覚が他国にあって不思議はない。日本人には、なぜクジラを食べるのかと欧米人に難詰され閉口した経験もある。ごう慢を戒め、恵みに感謝し、粛然として、はしを置くほかない。